(2015年6月14日 全面改定)

山﨑研究室は、脳神経回路の数理モデル化とその数値シミュレーションを中核として、

  1. 脳の仕組みを解明する神経科学研究
  2. 脳の数値シミュレーションの高速化・高性能化に関する計算科学研究
  3. 脳モデルの医学・工学応用

の3つのテーマで研究を進めています。神経科学・数学・計算科学・リハビリテーション・ロボティクスと多様な知識と技術を総動員して、脳の問題にチャレンジしています。

以下では、電通大赴任以降の研究内容について紹介します。それ以前の内容については別にまとめたものをご覧下さい。

もし私たちの研究に興味があれば、是非ご連絡下さい。

1. 脳の仕組みを解明する神経科学研究

(a) 小脳運動学習における記憶の定着過程の理論

運動学習には、運動記憶を獲得する段階と記憶を定着させる段階がある。記憶は主にトレーニング中に獲得され、獲得された記憶はトレーニング後に定着する。記憶がどのように獲得されるのかについては多くの研究が存在するが、記憶がどのように定着するのかについての研究は少ない。我々は、小脳が関与する眼球運動課題における小脳神経回路のダイナミクスを数理的にモデル化した。特に、平行線維−プルキンエ細胞間シナプスと、苔状線維ー小脳核間シナプスの2箇所に可塑性を仮定した。記憶の獲得はトレーニング中に平行線維−プルキンエ細胞間シナプスの長期抑圧(LTD)によって行われ、記憶の定着はトレーニング後に平行線維シナプスがLTDから回復する際に、苔状線維−小脳核間シナプスが長期増強(LTP)を引き起こすことにより行われることを明らかにした。我々の理論モデルは正常な動物での実験結果や、破壊実験・薬理実験の結果、更には遺伝子改変動物での異常な運動学習の結果を再現した。

本研究の成果について、大学からプレスリリースを行い、各種メディアで紹介された。

(b) 小脳分子層の詳細なモデル

小脳のモデル研究において、分子層の詳細なネットワークモデルはほとんど存在しない。我々は初めてこのネットワークを精緻にモデル化した。実験で報告されている、介在ニューロンが引き起こすプルキンエ細胞のイレギュラーなスパイク発射を、計算機シミュレーションで再現することに成功した。

本研究は、William Lennon 博士(当時University of California, San Diego博士課程)が、JSPSサマープログラムで本研究室に滞在し、共同研究を行った成果である。

(c) 時間を表現する大脳基底核−小脳の連携モデル

小脳は運動制御に必要な1秒未満の時間表現、大脳基底核は1秒以上の時間認知に関与していることが知られている。我々は、大脳基底核−小脳の連携モデルを構築し、長い時間経過を精度良く学習・表現する仕組みを研究している。

2. 脳の数値シミュレーションの高速化・高性能化に関する研究

(d) 大規模人工小脳の開発

これまでに、10万個以上のスパイキングニューロンからなる小脳の精緻なモデルを開発してきた。現在はその規模をさらに拡大し、100万個以上のスパイキングニューロンからなる小脳の大規模モデルを開発している。GPUを4枚同時に使って実時間での計算を可能に
している。これを用いて、記憶の定着過程のシミュレーションを行っている。また、FPGA版人工小脳の開発にも協力している。

(e) 神経回路シミュレーションソフトウェアの開発

神経細胞の形状や詳細なイオンチャネル・カルシウムチャネルを考慮した、精緻な神経回路モデルのシミュレーションを行うためのソフトウェアを開発している。モデル記述からC99のソースコードを生成する。GPUの利用を想定したデータ構造や数値アルゴリズムを採用し、高速なシミュレーションコードを生成する。

理化学研究所 脳科学総合研究センター 神経情報基盤センターとの共同研究。

3. 脳モデルの医学・工学応用

(f) テーラーメイドリハビリテーションのための、脳ー筋骨格系モデルシミュレーション

我々の小脳モデルに、全身の筋骨格系動力学モデルを接続し、全身運動のシミュレーションを行っている。患者一人一人の筋骨格や病気の症状にあわせたモデルを構築し、リハビリテーションのシミュレーションを行う事で、患者の負担を減らすことを目指している。

多摩川病院との共同研究。

  • 市村 大輔, 矢野 諭, 山﨑 匡. リハビリへの応用を目的とした脳数理モデルと筋骨格系動力学モデルのシミュレーション. 第8回モーターコントロール研究会, 2014年8月7-9日, 筑波大学.

(g) 全脳アーキテクチャモデルによる脳型人工知能開発

大脳皮質運動野・大脳基底核・小脳を全てモデル化した、高速・柔軟な運動制御のための人工知能を開発する。

産業技術総合研究所 人工知能研究センター 脳型人工知能研究グループとの共同研究。

2012年9月15日 (初出 2012年8月17日)

山﨑研究室では、数値計算技法と高性能計算技術を駆使して、脳活動の精緻な数値シミュレーションを行っています。研究テーマは大きく以下の5つからなります:

  1. 脳のシミュレーションのための計算手法の開発 (数学)
  2. その手法を組み込んだソフトウェアの開発 (プログラミング)
  3. そのソフトウェアを走らせるインフラの構築 (システム開発)
  4. その上での脳の大規模数値シミュレーション (神経科学)
  5. その工学応用 (ロボティクス)

こ のように分野は神経科学・数理科学・計算機科学・ロボット工学と多岐に渡り、基礎と応用、科学と工学を両方カバーしています。神経科学の学会発表や論文執 筆だけでなく、日本ロボット学会やGPU Technology Conferenceで発表したり、神経内科の先生が集まる日本神経学会の学会誌「臨床神経学」に寄稿したりと幅広く活動しています。

これまでの研究内容を以下に簡単に紹介します。

これまでの主な研究テーマ

小脳のタイミング学習機構

生 物の滑らかで調和した運動は、体中の各関節・筋肉をそれぞれ適切なタイミングで動作させることで実現されている。小脳がタイミング制御を担っていることは 瞬目反射条件付けの実験などから明らかになっているが、その神経機構は不明である。田中 繁(理研BSI, 現電通大)は小脳顆粒層の顆粒細胞・ゴルジ細胞による再帰ネットワークに着目し、もし細胞間の結合が空間的にランダムであれば、顆粒細胞集団の発火パター ンは時々刻々と再帰せず変化するので、それによって時間経過を表現できると考えた。そこで我々は数理的にシンプルなモデルを構築して計算機シミュレーショ ンを行い、ネットワークの挙動を数値的に解析した。またこの時間経過表現とプルキンエ細胞での長期抑圧を組み合わせることで、瞬目反射条件付けのタイミン グ学習が説明できることを示した。タイミング制御の小脳モデルはこれまでに様々なものが提案されてきたが、小脳の解剖学的・生理学的知見を満たすものは 我々のモデルが唯一である。

  1. Tadashi Yamazaki, Shigeru Tanaka. Neural Modeling of an Internal Clock. Neural Computation 17(5) 1032-1058, 2005.
  2. Tadashi Yamazaki, Shigeru Tanaka. Computational Models of Timing Mechanisms in the Cerebellar Granular Layer. The Cerebellum 8(4) 423-432, 2009. (全文)

小脳回路の精緻なモデリングと大規模シミュレーション

上 記モデルは数学的にシンプルにしたせいで、挙動の解析は容易だが実際の実験結果との比較検討が不可能であった。そこで実際の解剖学・電気生理学・行動学の 実験データに忠実に、10万個以上のスパイキングニューロンからなる小脳回路1mm^3を計算機上に再現した。数値シミュレーションは大規模になり非常に 計算時間がかかるが、瞬目反射条件付けの実験結果を再現することに成功した。

  1. Tadashi Yamazaki, Shigeru Tanaka. A Spiking Network Model for Passage-of-Time Representation in the Cerebellum. European Journal of Neuroscience 26(8) 2279-2292, 2007. (全文)

小脳によるゲイン制御・タイミング制御の統一理論

運 動制御にはゲイン制御・タイミング制御の2つの側面があり、双方を同時に適切に制御することで滑らかな運動が実現される。小脳は皮質核微小複合体と呼ばれ る計算単位が整然と並んでおり、微小複合体で実現される単一の計算機構によってゲインとタイミングの両方が制御されていると考えられる。我々の小脳モデル のタイミング学習機構がゲイン制御にも適用できることを示し、視機性眼球運動のゲイン適応の実験結果を計算機シミュレーションによって再現することに成功 した。

  1. Tadashi Yamazaki, Soichi Nagao. A Computational Mechanism for Unified Gain and Timing Control in the Cerebellum. PLoS ONE 7(3): e33319, 2012. (全文)

小脳顆粒層の刺激依存性状態遷移

我々 の小脳モデルでは、小脳顆粒層の顆粒細胞は発火パターンの時系列変化によって時間経過を表現するが、実験では動物の安静時に顆粒層の局所電場電位が 7-15Hzで振動していることが知られている。そこで、苔状線維刺激が弱いときは顆粒細胞・ゴルジ細胞が7-15Hzで同期して発火し、強いときは時間 表現状態になるような顆粒層モデルを構築した。ゴルジ細胞の電位依存性NMDAチャネルがこの状態遷移に重要であることを示唆した。

  1. Takeru Honda(*), Tadashi Yamazaki(*), Shigeru Tanaka, Soichi Nagao, Tetsuro Nishino. Stimulus-Dependent State Transition between Synchronized Oscillation and Randomly Repetitive Burst in a Model Cerebellar Granular Layer. PLoS Computational Biology 7(7): e1002087, 2011. (全文) (* Equally Contributed)

小脳回路の計算能力の解析

小脳は2入力1出力の教師付学習機械である。小脳回路の計算能力を解析し、機械学習の分野で提案されているLiquid State Machine (または Echo State Network)と呼ばれる汎用の教師付時系列学習機械のそれと等価であることを主張した。このことは小脳回路は内部モデルを形成するための十分な計算能力を有することを示唆する。

  1. Tadashi Yamazaki, Shigeru Tanaka. The Cerebellum as a Liquid State Machine. Neural Networks 20(3) 290-297, 2007.

GPUを利用した小脳スパイキングネットワークモデルの実時間シミュレーション

数 値シミュレーションを高速化するために、小脳スパイキングネットワークモデルをGPU上に実装した。実装の仕方を工夫することで、1秒間のシミュレーショ ンが1秒以内に終わる実時間シミュレーションを達成した。シミュレーションの実時間性によって、信号処理やロボット制御等の工学応用への道が開けた。

  1. Tadashi Yamazaki, Jun Igarashi. Realtime Cerebellum: A large-scale spiking network model of the cerebellum that runs in realtime using a graphics processing unit. Neural Networks, In press.

WIREDで紹介されました。Scientists Build Baseball-Playing Robot With 100,000-Neuron Fake Brain.
NVIDIA Blogで紹介されました。Better Batting with CUDA: How GPU-based Brain Research Helped Japanese Robot Swing for the Fences.

実時間小脳モデルによる小型ヒューマノイドロボットの適応制御

実 時間小脳モデルによって小型ヒューマノイドロボットを制御し、ピッチングマシンが投げたボールを、適切なタイミングでバットを振ってボールを打ち返すよう にタイミングを学習させることができた。タイミングの適応学習によってハードウェアの遅延を吸収し得ることが示された。

  1. Tadashi Yamazaki, Jun Igarashi. Realtime Cerebellum: A large-scale spiking network model of the cerebellum that runs in realtime using a graphics processing unit. Neural Networks, In press.

WIREDで紹介されました。Scientists Build Baseball-Playing Robot With 100,000-Neuron Fake Brain.
NVIDIA Blogで紹介されました。Better Batting with CUDA: How GPU-based Brain Research Helped Japanese Robot Swing for the Fences.

脳数理モデルシミュレーションプラットフォームの開発

脳数理モデルのプログラムはModelDBニューロインフォマティクス国際統合機構(INCF)日本ノードの 各プラットフォーム等で公開されており自由に利用可能だが、シミュレーションを実行するためには自分の計算機に開発環境やシミュレータをインストールして おかなかければならず、ちょっと試すだけでも手間がかかる。そこで、開発環境やシミュレータを全てインストールした仮想マシンを用意し、ウェブブラウザか らアクセスしてシミュレーションの実行を可能にした、クラウドコンピューティング環境を開発している。

本研究はINCF日本ノードとの共同研究である。

ウェブサイト: Simulation Platform

  1. Tadashi Yamazaki et al. Simulation Platform: A Cloud-Based Online Simulation Environment. Neural Networks 24(7) 693-698, 2011. (全文)