(2025年度からの内容です)
私たちは神経回路シミュレーションの研究室です。
数値計算と高性能計算(HPC)を基盤技術として脳神経回路を研究対象とする、情報「による」科学技術の研究室です。研究目標は脳神経回路の生物学的に詳細なモデル、いわば脳のデジタルコピーを構築することです。そのための手段として、生物学的に詳細なモデルのシミュレーションを行なうためのシミュレータNeuliteの開発を行なっています。
生物学的詳細モデルでは、個々のニューロンは特徴的な空間形状を持ち、細胞内で電流が拡散することでカルシウム濃度が変化し、それによって多数のイオンチャネルが開閉して極めて非線形なスパイク応答が得られます。なぜこのような解像度のモデルが必要かというと、
- 生の実験データ(解剖学・電気生理学)を直接導入できる
- 脳の様々なマクロな現象(脳波の異常や行動の変化)は、神経回路のミクロな特性の変化によるため、その因果関係を解明したい
- 空間形状を利用することで単一ニューロンの情報処理能力が飛躍的に向上する
- スパコンの性能を真に必要とする
からです。「神は細部に宿る」と言いますから、生物学的詳細モデルにも宿ると信じています。
現在のところ、マウスの全大脳皮質の生物学的詳細モデルを、スパコン「富岳」全系で動作させることに成功しています。スパコンの性能は10年で100倍になりますから、あと20年もすればヒトの全大脳皮質、あるいは小脳も含めたヒト全脳のデジタルコピーを、ミクロスケールの解像度で構築できるようになると考えられます。
生物学的詳細モデルを用いることで、
- 脳神経回路の情報処理機構の解明
- 神経回路のミクロな異常に起因するマクロな神経疾患/精神疾患の再現
- 脳に倣った低消費電力なAI技術の開発
に貢献できると考えています。
私たちの現在の中心的な興味はシミュレータの開発です。それを利用したいわゆる計算神経科学の研究ではありません。計算神経科学を研究している研究室は国内にいくつもあり、海外まで含めると相当数あります。私たちも小脳に限れば国際的な競争力を有していますが、必ずしも私たちにしかできない研究ではありません。一方、シミュレータの開発では2025年現在私たちは世界チャンピオンで、私たちにしかできない研究です。ですので、研究室の優位性を最大限発揮するために、私たちはシミュレータ開発にあえて特化します。
このことは、他大学からうちに配属されたい学生さんにとって重要です。うちでできるのは、
- 低精度/混合精度計算スキームの導入
- 反応拡散系の並列計算技法の開発
- 大規模ネットワークのトレーニング法の開発
などの研究です。このようなHPCの分野から脳研究に足を踏み入れたい学生さんを特に歓迎します。
在籍中の学生の中には、伝統的な計算神経科学の研究を行なっているものもいますが、今後新規に始めるのは控えます。スパイキングニューロンで何かしたいだけなら、黒本に全てのノウハウを詰め込みましたので、それを読めばどこの研究室でもできるでしょう。うちはその先に進みます。
これまでの研究
在籍中の学生は、脳身体シミュレーションの研究を行なっています。スパイキングニューロンでマウス相当の大脳皮質・基底核・小脳・視床を全て構築し、GPUでリアルタイムシミュレーションを可能にしています。さらにそこに大脳皮質基底核ループと大脳小脳ループからなる階層強化学習を実装して、マウス身体の筋骨格系モデルの運動学習に取り組んでいます。海馬のモデリングも進んでいます。スパイキングニューロンでLLMを実装するテーマに取り組んでいる学生もいます。